ミャンマー旅行記

 

自慢ではないが海外旅行などほとんどしたことがない。前回の海外渡航は友人が海外挙式のため仕方なくで、「パスポートの有効期限を確認して!」と連絡がくるほど旅慣れていない。ちなみに案の定パスポートの有効期限は切れていた

友人がミャンマーに行くと言ったことに「おもしろそう」と言ったのが運の尽きで、「航空券が高くなってしまうので早く予約してください」と送られてきた予約申し込みのリンク先に粛々と入力してからふと気づいたが、私ってそもそもミャンマーに行きたかったのだろうか。

もう十年くらいアンコールワットアルハンブラ宮殿に行きたいと思っているのに、それは叶わぬままで、とはいえ私はそれをそれほど叶えようともしていない。人生とは概ね来た風に乗ることだと思っているので私は自分がしたいことをするということにそれほど興味がない。自分がしたいことなど所詮自分限りの、極めて矮小な個体が出した結論なのだから大して面白いはずもなく、そうした意味において、ミャンマー行きは意図せず吹いてきた風なのだから乗るしかないだろうと思っていた。

「お姉ちゃんって日本にいたって概ね熱中症になるかお腹壊しているのに、何を好きこのんでそんな暑いとこに行くわけ」という妹の言葉に一瞬我に返りそうになったが、自分が今日まで生き延びてきたのは無駄に張った意地と度胸のよさという取り柄によってのみだと誇りを持っている私としては、ここで怯むわけにはいかない。「生きて帰ってきてね。緊急搬送とかお金かかるからちゃんと保険に入るだよ」と薄情なのか面倒見がよいのかわからぬことを言う妹を脇目に、ゴールデンウィーク直前日本を旅立った。

ヤンゴンの空港に降り立つとむわっとした熱さと湿度に、全身の毛穴が一ミリずつ大きくなったような錯覚がした。湧き出すが日本のそれとは全く違うことに、異国に着いたのだと教えられた

渡航前にミャンマーのマイクロファイナンス機関で働く方と連絡をとり、可能であれば少しミャンマーのマイクロファイナンス事情を教えてもらえればとお伝えしていた。実際どの程度案内してもらえるかは現地に行ってみなければわからなかったが、一日がかりで某マイクロファイナンス機関の本店と支店を案内いただき、いくつかのセンターミーティングを視察し、実際にボロアーの女性たちやローンオフィサーをはじめとするマイクロファイナンス機関で働く職員の方たちと話すことができここまですばらしい案内をしていただけたことに感激だった

LIPメンバーは、普段はマイクロファイナンス機関の職員とメールでやりとりが主だが、実際にマイクロファイナンスの現場を見ることは、それとは全く異なる体験だった。砂埃に晒された紙にビルマ語特有の丸まった文字で金額を書いていくマイクロファイナンス機関で働く職員、うちわで風をあおぎながら返済の順番を待つ女性たち。それはあまりにありありとした現場だった。

マイクロファイナンス機関で働く職員たちに「何故マイクロファイナンス機関で働いているのか?」と質問し、正直世のため人のため的な回答を期待していたが、「まともな仕事がないので選択の余地がく」といった意見が多く驚いた。ある青年職員は以前政府の仕事をしていたが辞めてマイクロファイナンス機関で働いていた。「賄賂ではなく正当な仕事の対価をもらって働きたい」という彼のまっすぐなまなざしに、そうだよな、私もあなたと同じ立場であれば同じ事を思うはずだと感じ入った。

それにしてもこの国は貧しい。軍事政権下にあったという政治背景もあるが、産業らしい産業がなく、南北にのびる国土は場所によって気候の差が激しく、特に国の真ん中に位置するドライゾーンでは農作物も育たないらしい。

物乞いをする人もとても多かった。現地では高級スーパーであろう店ではとても流暢な日本語を話す少年が翡翠を売りつけようと客引きをしていた。あまりにきれいな日本語に、その能力をもっと他のことに使えればと教育の大切さを痛感した。また観光地でも流暢な英語を話す女性が案内をしてくれ、英語の流暢さから高等教育を受けていることは明らかだったが聞いてみると大学を卒業しても仕事はなく、実家の露天で観光客へ土産を売る仕事を手伝っているようで、仕事があることの重要さに気づかされた

旅の後半は、ヤンゴンからバガンに移動ししばしの観光と休暇を楽しんだ。バガンには有名無名の仏塔(パゴダ)が並び立ち、2~3見らよいと思っていたのに、やたらと段取りのよいタクシードライバーのおかげで20弱の仏塔を見ることができた。ちなみにミャンマーでは仏塔に入るときは裸足にならねばならず、平均気温35℃を超えるミャンマーで、特に赤煉瓦造りの道を裸足で歩くときは足の裏が火傷しそうなほど熱かった。白い大理石の道があると思わず安心をしたが、それでもやはり熱い。

バガンの日系資本のホテルは、安全な水と涼しい冷房のおかげで、この旅の途中に何度か具合が悪くなった私もようやく寛ぐことができたそういえば、私は今までの人生でリゾートという場所に行ったことがない。何故か気がとがめて行けなかったのだ。つまるところ通貨価値の差分で得る高級気分を味わうそれは、不正義に与するような気分がして、きっと私は寛げないであろうし、そうわかっているのだからリゾートなんぞに行くのはやめておこうと思っていた。

バガンで元気な友人は山に登りに行ってしまったが、案の定バガンでも体調を崩していた私はホテルの部屋で半日休み、大分回復したので昼下がりからホテル内のプールサイドで本を読んでいた。私の隣庭師の男性が木を剪定してい。これだけ広大で美しい庭を維持するには、大層な人手がいるだろう。彼は私のことをどう思っているのだろう。日本から来た金持ちと世界の不平等に納得がいかないのか、それとも自分に仕事を与えお金を落としてくれるよき旅行客だと思っているのだろうか。私はこの国に生まれ、彼と立場を交換したとしても私になっただろうか? 私の思考と意志を持ち、本当に私になったのだろうか。頭をよぎり、そして止むことのない問い。だから嫌だったのだ。私がプール沿いのソファーに寝そべり、リゾート気分を味わうなんてろくなことを考えつくわけがない嫌な予感は見事に的中した。

けれど私は今ここでミャンマーの灼熱の風に吹かれてしまった。むせ返るような熱とこの赤茶けた乾いた大地。そしてこの土地で生きる、日に焼けて痩せた人たち

私はミャンマーであの熱い風に吹かれてしまったわけで、吹かれてしまったからには、それ以前の自分には戻れない。これは帰国したらするのだなと思った。

一番の功労者は私をミャンマーに誘った友人だ。何故なら今までのほほんと生息していた私は帰国後必死にミャンマーのマイクロファイナンスに取り組むことになるわけで、彼女はそこまで見越して私をミャンマーに誘ったのだろうか。そうだとすれば、恐るべし我が友である

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