Non-Financial活動 in Myanmar☆

2019年11月初旬、ミャンマーのヤンゴンにおいて当地のマイクロファイナンス団体であるMJIENTERPRISE Co., Ltdのスタッフ向けに四日間のExcel研修を行いました。前回カンボジアで実施したビジネススキル研修では「より受講者のレベルに適した研修を!」という教訓を得たため、今回は現地との密なコミュニケーションに力を入れながら事前のレベル分けテストによるチーム編成を実施し、濃い研修の時間を過ごすことができました。 Living in Peace(LIP)では過去10年間に渡り、日本の投資家から募ったお金を途上国のマイクロファイナンス機関(MFI)に提供する事業を展開してきました。継続的な資金提供を通じてMFIのマイクロクレジット事業を支援することで、現地の人々への少額資金の融通を喚起し、ひいては現地の貧困削減に資するという信念の元で活動を行ってきました。その一方、近年マイクロクレジット事業の質を高めるため、ファイナンスの面以外での各種支援を望む声が多く聞かれるようになりました。その一つとして、MFIを運営し、支えている現地スタッフ向けのビジネススキルの育成・向上におけるアドバイスを求められるようになり、今年度より新たな活動として動き出したのがLIPのNon-Financialチームによる、MFIスタッフ向けのビジネススキル研修です。 今回のヤンゴンでは、各支店の支店長や副支店長、会計担当スタッフや、本店の間接部門で働くスタッフ等、総勢約40名の受講者を対象にExcelに特化した研修を行いました。事前のレベル分けテストによりチーム編成を行い、各チームのレベルに応じてExcelの主要機能(レベル別の関数/グラフ・表作成)の説明、練習問題の実施と解説を行いました。 各研修の最後には、研修内容の理解度測定を兼ねた演習問題をグループ対抗戦で行い、優勝グループには日本からのお土産をプレゼントしました。全員が熱く盛り上がってお互いに教え合いながら課題を解いていく姿や、受け身ではなく積極的に質問してくる、その「学びたい!」という姿勢に深い感銘を受けました。研修の企画から実施まで行ったLIP Non-Financialチーム一同、今後も引き続きファイナンス面以外でのサポートも継続して力を入れていきたいと強く感じた瞬間でした。  

Non-Financial活動 in Cambodia♪

2019年1月末、二日間の予定で、カンボジアのプノンペンにてマイクロファイナンス機関向けにビジネススキル教育プロジェクトを行いました。 LIPは過去10年間に渡り、日本の投資家から募ったお金を途上国のマイクロファイナンス機関(MFI)に提供する事業を展開してきました。継続的な資金提供を通じたMFIのマイクロクレジット事業を支援することで、現地の人々への少額資金の融通を喚起しひいては現地の貧困削減に資するという信念の元で活動を行ってきましたがその一方、近年マイクロクレジット事業の質を高めるため、各種支援を望む声が多く聞かれるようになりました。 特に、既にLIPが資金を提供しているカンボジアのMFIからスタッフ向けの教育を望む声がとり わけ多く寄せられていました。そのため、今回はこのような現地の声に応える形で、現地スタッフのビジネススキル向上を目的としたプロジェクトを実施しました。「世界の貧困を削減する!」というLIPの活動の一環として、全員プロボノで多様な専門 性を持っているという組織の強みを生かした教育プログラム研修でした。 プロジェクトの目的は、MFIで働く現地スタッフの知識や技能の向上を通じて、事業の効率性を高めることでした。Excelの関数使い方やピーボットテーブルを用いたデータ分析方法の紹介、月次報告書(マイクロファイナンス顧客管理に関する社内資料)作成におけるパワーポイントの活用方法などをカリキュラムに取り入れ、MFIスタッ フの知識・技能の向上を目指しました。従来のファンドという手法だけでなく、人材育成を通して途上国のMFIの成長に貢献するという新たな手段に手応えを感じた経験でした。 今後もこのようにFinancial & Non-Financialの両面で様々なアプローチを通じて、“働きながら社会を変える”志を持ったチームメンバー一人一人が力を合わせて、世界の貧困削減へのアクションを起こしていきたいと思っています。

マイクロファイナンス顧客向けフリーペーパー 「Mango!」編集メンバーインタビュー

BOP層の情報ギャップ解消と金融リテラシー向上などの事業・生活支援を目的に創刊されたマイクロファイナンス顧客向けフリーペーパー「Mango!」の編集に携わっているMJIスタッフへ会いにヤンゴンのMJI本店を訪れた日は、雨季ということもあり朝からずっと雨だった。大通りから徒歩15分ほど歩くと、濡れた緑にひっそりと囲まれた個人宅のような佇まいのMJI本店が現れた。 写真:MJI本店 チャイムを鳴らすとMJIの代表である加藤さんが出迎えてくれ、「今、ちょうどMango!の編集会議中です」と、中に案内してくれた。そこでは20代くらいの若者たちが壁にプロジェクタでスケジュールを投影し、リビングで何やら議論をしていた。   写真:Mango! 編集会議 流暢な英語でインタビューに答えてくれたのは、コンテンツ企画と編集を行なっているThant Kyaw Ooさんである。   写真:MJIのCSR担当、Mango!編集メンバーであるThant Kyaw Oo青年   不思議な巡り合わせを感じ、Mango!の編集に参加 ーー どのような経緯でMango!の編集に関わり始めたのですか? Thant Kyaw Ooさん: MJIに入社した理由を説明するために、まず僕がもともとどんなことに興味があったかを説明しますね。 僕は大学の工学部2年生だった頃に、友人2人(うち1人は日本人)とMIVAという学生団体を立ち上げ、友人たちから寄付を募って、孤児院の子供たちに絵本を届ける活動をしていました。 写真:MIVAの活動風景   僕は元々このような社会貢献活動に関心があったわけではなく、大学1年生の頃は授業に出てバイトに行くという普通の学生でした。しかしあるとき、たまたま友人に誘われて一人暮らしの老人の家を訪れ、本を読んであげたり料理をして一緒にごはんを食べたり、パゴダや教会に連れて行ってあげたりするボランティア活動に参加しました。そのとき僕は、活動を継続していくうちに手を貸した人たちの表情がどんどん明るくなっていくことが分かりました。それがとても嬉しかった。この経験を通して、自分が人と話すのが大好きであることと、それが結構うまいということを自覚しました(笑)   卒業後はハンディキャップのある人を支援するNGOで、コミュニケーションオフィサーとして働いていました。ただ、1年もすると政府への申請書類作成など事務作業などが増え、本来自分がやりたいこととの間にズレを感じるようになっていました。そんなときにMJIのことを知りました。そして面接の場でミャンマーで活動する日本企業が協働で立ち上げたBOP層向けフリーペーパー作成プロジェクトのことを聞き、Mango!の活動にとても惹かれました。さらに初期の編集メンバーとしてMIVAで一緒に活動していた日本人の友人が1年前までMango!に携わっていたことを知り、不思議な巡り合わせを感じてMJIに入社しました。   今年2月にMJIに入社したばかりでマイクロファイナンスのことは全く知らなかったため、今は業務内容について一生懸命勉強中です。そしてマイクロファイナンスを通じて、農村部の女性たちの生活レベルの向上に貢献したいと思っています。他にはMJIで働きながら開発経済学を学ぶため、ヤンゴン大学の夜間部にも通っています。ミャンマーの農村部の問題を理解するのに、大学で学んでいることが役立っています。   Mango!を通して顧客の方と関わるのが面白い ーー 雑誌の記事を書くのも、基本的には人に対して話しかけるようなものですからね。今のMJIでのMango!の編集の仕事は、Thant Kyaw Ooさんの人と話すのが好きという強みが活かせるポジションだと思います。 Thant Kyaw Ooさん: そうですね。僕は話したり書くことで人に物事を伝えるのが得意なので、MJIの広報活動として外に情報を発信するのは向いています。そしてMJIの女性顧客の方たちの興味があること、例えばビジネス・教育・健康などで新しい記事の内容を考えるのも好きです。   ーー 雑誌作りはどのように進められているのですか? Thant Kyaw Ooさん: Mango!のコンテンツは、子供が怪我した場合の応急処置といった”定型コンテンツ”と、教育やビジネスでの顧客のサクセスストーリーといった毎号変わる”特集コンテンツ”の2種類で構成されています。特集コンテンツの企画・編集は、創刊時からプロジェクトを進めてきたミャンマー人編集長、協同でプロジェクトを運営しているリンクルージョン社のスタッフとMJIの日本人インターン生と僕の4人で決めています。   今は4人で集まって2ヶ月後の特集コンテンツ企画会議中で、編集スケジュールを策定中です。特集するコンテンツが決まったら、顧客とのインタビュー日時を各支店マネジャーと調整します。それを元に僕たちで記事を書いて、最終的に内容に間違いがないか顧客の方にも確認していただいて初めて完成となります。やはり顧客当人もMango!を読むため、「あれ、私が意図していたこと違う!」とならないように気を遣っています。   写真:Mango!のコンテンツ企画・編集チーム:リンクルージョン社のスタッフ、編集長と   例えばこの記事は(紙面をさしながら説明)、農村部に住みながらも家族のサポートで高等教育を受けた顧客の子供が就職して、やりがいを持って働いているインタビュー記事です。子供に教育を受ける機会をつくる大切さを伝えています。 教育によるサクセスストーリーはMango!で最も人気のあるコンテンツの1つですね。他にはマイクロファイナンスを利用してビジネスで成功した顧客のサクセスストーリーも人気があります。村の中で生活しているとなかなか身近なロールモデルに出会えません。これを読んだ顧客が事業へのモチベーションを高めてもらえるように心がけています。   写真:Mango!特集記事:教育とビジネスの顧客サクセスストーリー ーー 昨日MJI顧客のセンターミーティングを3つほど見学してきたのですが、いずれのセンターでもお母さんたちが子供を大学まで行かせたいという意志がありました。ミャンマー全体の大学進学率が8%であることを考えると、その意識の高さに驚くと同時に不思議に思っていました。Mango!で子供の教育の重要性などを扱っていることを聞いて納得です Thant Kyaw Ooさん: また、読者には小さな子供を持つ女性が多いため、子供向けのポエムや料理のレシピのコラムも人気があります。 ーー なるほど、料理レシピを見て日々の献立に頭を悩ましているは、どの国のお母さんも同じですね(笑)   写真:Mango記事:料理レシピと子供向けのポエム   Mango!を真っ先に読むのは、顧客の子供? Thant Kyaw Ooさん: Mango!では子供のいるお母さんたちがメインの読者であることを意識してコンテンツを作っており、インターネットの使い方から多重債務の怖さまで、幅広いトピックを漫画で伝えています。漫画コンテンツは子供に大人気で、顧客からの話ではMango!をもらうと真っ先に子供が漫画を読むそうです(笑)   自分たちで漫画コンテンツを制作する場合は、内容にあうイラストをイラストレータの方に頼んで描いていただきます。時間も手間もかかるのですが、漫画にするとやはり顧客の方からの評判が良いです。   写真:Mango!記事:インターネットの使い方   延滞防止策も視野に入れ新体制でスタートしたMango!チーム ーー 多重債務の防止対策として、漫画でその怖さを伝える以外にも何かやられているのですか? Thant Kyaw Ooさん: 実は、今年4月からMango!では顧客がマイクロファイナンスとより健全な繋がりを構築できるよう活動していく方針を強化しました。これに伴い、より顧客目線の情報が提供できるようにミャンマー人中心の体制に変えました。   また、MJIでもCSR活動を強化しています。返済が滞ったセンターの現場に赴き、返済できない状態に陥っている原因をヒアリング調査する活動も実施しました。するとそのような顧客はMango!の金融教育の記事を読んでいない人が多いことも分かりました。ミャンマー農村部の女性顧客たちは、日常生活でのお金の管理方法が分かっていない人が多いです。彼女たちに対して僕は教えるという方法ではなく、顧客の口から語られる彼女たちの心配事にまず耳を傾けます。ビジネスの話から子供の教育まで様々な問題があります。そして問題を解決するのに役立つMango!の記事を紹介し、彼女たちの生活向上にどのように役立たせることができるか説明します。   写真:Mango!記事:ファイナンシャルリテラシー   返済できずに人間関係をこじらせ、苦労している顧客の女性たちを見るのは辛いです。僕はMango!を通して金融教育や子供への教育の必要性を記事として扱うことで、彼女たちがそのようなトラブルに陥らないようにサポートしたいと思っています。延滞が起きないことは顧客の女性たち当人とMJI双方にとってハッピーなことです。僕はMango!を利用した情報発信と顧客の人たちと直接話すことを通して、顧客の女性たちの生活向上とMJIという組織の成長に貢献していきたいです。   ーー人と話すのが好きというご自身の長所を活かして、Thant Kyaw OoさんがMango!に取り組まれていることがよく分かりました。顧客の方と直接話して得た気付きが次のコンテンツ企画に生かされるのでしょうね。本日はありがとうございました。   インタビューを終えてMJI本店を後にする頃、辺りはすっかりうす暗くなっており、窓の灯りの向こうには熱心に編集会議をしているMango!編集メンバーの姿が見えた。

「自分の人生の手綱を自分で握る」-MJI ENTERPRISE Co., Ltd.の CEO 加藤侑子氏 インタビュー

ミャンマーのマイクロファイナンス機関であるMJI ENTERPRISE Co., Ltd.(MJI)のCEOを務める加藤侑子氏にインタビューをしました。 ーー現在ミャンマーのマイクロファイナンス機関MJIでCEOを務めているとのことですが、そもそもどのような経緯でミャンマーに行くことになったのでしょうか? 加藤:高校生の頃、タイのチェンマイへ交換留学に行った経験から、将来アジアで働きたいと漠然と思っていました。高校を卒業して日本で働き始めたのですが、その思いが忘れられず、2012年にアジアへの投資を検討している日本の会社がマネージャーとして現地に行ける人を募集していると聞いて「これだ!」と思い手を上げました。 アジアで働きたいという強い思いがあっただけで、当時はマイクロファイナンスについても知りませんでしたし、自分がCEOになるとも思っていませんでした。 当時、その会社はカンボジアかミャンマーで金融事業か不動産事業への投資を検討しているとのことで、最終的に私はミャンマーに行くことになりました。 この時まで私はミャンマーに行ったことはなく、そういえば交換留学でチェンマイに行った時、ホストファミリーが「あちら側がミャンマーだ」と川の対岸を指差していたくらいの印象でした。 最近はヤンゴンの街も賑やかになりましたが、私が初めてミャンマーに行った頃は軍事政権から民主化への移行期で、街灯も少なく今のヤンゴンとは比較できないくらい暗く静かな街でした。 とりあえずミャンマーに行き、市場調査を開始することと並行して、ミャンマーで会社設立をすることになりました。ミャンマーでの手続は苦労の連続で、行政の担当官が人によって言うことが違うこともよくありましたね。 ーー聞いているだけでも、とても大変そうですね。 加藤:そうですね。苦労は多かったですが、不思議と苦になりませんでした。お料理で例えると、レシピをちゃんと見て材料を揃え計量して料理する人だと大変かもしれませんが、私はそこにある材料を使って目分量で料理するタイプで、大変さはありましたが逆に面白さとやりがいを感じる毎日でした。やばい、面白いみたいな(笑) ーーミャンマーで金融事業か不動産事業を検討していたところ、最終的にマイクロファイナンス事業をすることになったのは、どういう経緯だったのでしょうか? 加藤:調査を続ける中、ミャンマーのマイクロファイナンスの第一人者で、MJIの現アドバイザーでもあるウーミンスエ氏に出会ったことがきっかけです。私は彼に出会うまでマイクロファイナンスを知らなかったのですが、彼の指南を受け、自分たちでも調査をしていくうちに、マイクロファイナンスはミャンマーにおいて成長の可能性があると考えました。 また、私は幼い頃に経済的な理由で家庭崩壊、大学進学を諦めた経験があるため、自分と同じように、経済的な理由で悲しい思いをする子どもをなくしたい、勉学を諦める子どもをつくりたくないという思いがずっとありました。 マイクロファイナンスを知った時に、子どもの頃の思いが甦り、「私の天職はこれだ!」と、自分のしたかったこと、事業モデルとしての可能性、双方にとって意味がある事業だと感じました。日本の親会社にマイクロファイナンス事業とその可能性について説明し、ミャンマーにおいてマイクロファイナンス事業の許認可取得に着手しました。 ーーミャンマーで生活されてもうどのくらい経つのですか? 加藤:2012年11月頃から出張ベースでミャンマーに来ており、そろそろ6年でしょうか。先ほどお話しした通り、アジアで働きたいという思いでここまできたので、当初からミャンマーという国に特別な思い入れがあったわけではありませんが、今はミャンマーという国とここで生活する人々が自分の人生の一部だと思っています。ここまでやったら終わりということがない仕事なので、いつも目の前の仕事に取り組んでいるうちに、CEOになってしまったという感じです。 ーー期せずしてミャンマーで、しかもCEOを務めているとご苦労もあるのではないでしょうか? 加藤:次から次へと様々なことが起きますが、それほど文化の違いは感じていません。もちろん生活環境は日本と異なり、停電も多いし、掃除をしても虫が室内に入ってくるし、水道の水も濁っているし…と日々の生活に不便もあります。 私としてはミャンマーに来ても、CEOになっても、自分が大きく変わったとはそれほど感じておらず、ちょっとミャンマー語が上達したかなくらいの変化です。一方で、スタッフや顧客の客様への愛着や感情はとても深くなっていると感じます。 創業当時から働いてくれているスタッフがいるのですが、考え方や文化の違いで意見が分かれることもあるけれど、良いことも悪いことも伝えてくれる素直な人で、いつも助けてもらっています。 ーー今後、MJIはどのような目標を掲げているのでしょうか? 加藤:現在MJIの支店は、ヤンゴンやバゴーを中心に7つあります。ミャンマーでもマイクロファイナンス機関は増加しているものの、多くはヤンゴン市内に集中しており、地方の農村部にはまだ十分に行き届いていない状況です。 ミャンマーは多民族国家で、長く生活をしていると多くの民族の方と知り合うし、スタッフの出身も様々です。彼らから出身地の話を聞いたり、地方を視察しに行くと、マイクロファイナンスサービスが行き届いていない場所、本当にマイクロファイナンスサービスを必要としている人たちに出会います。そうした人たちにサービスを届けられるよう、地方の農村エリアで支店開設を目指したいです。 また、マイクロファイナンスはお金を融資し、返済してもらうことを基本としていますが、お金だけの支援では役に立てないことがあることも、開業して数年間で実感しています。 現在ミャンマーのマイクロファイナンス市場では、スタッフの育成、顧客のファイナンスリテラシー向上などがとても重要です。自分の人生の手綱を自分で握る、マイクロファイナンスがそのきっかけになれるのではと私は考えています。最近問題となっている多重債務についても、複数箇所から収入を超えるお金借りるとどういうことになるかを、スタッフの説明やCSR活動を通じて顧客の皆様に伝えています。 ただお金を貸すのではなく、家計や事業の状況、家族構成も理解した上で、今は借りない方がよい、こういうときのために貯金した方がよいと助言をすることも必要だと思っています。家族何代にもわたって顧客の客様とその家族の未来、資産を守る、農村のプライベートバンカーのような存在をMJIは目指したいと思っています。 加藤さんが登壇するミャンマープロジェクト立ち上げ記念イベント「現地報告会&交流会〜マイクロファイナンスで紡ぐ未来〜」詳細はこちら

ミャンマー旅行記

  自慢ではないが海外旅行などほとんどしたことがない。前回の海外渡航は友人が海外挙式のため仕方なくで、「パスポートの有効期限を確認して!」と連絡がくるほど旅慣れていない。ちなみに案の定パスポートの有効期限は切れていた。 友人がミャンマーに行くと言ったことに「おもしろそう!」と言ったのが運の尽きで、「航空券が高くなってしまうので早く予約してください」と送られてきた予約申し込みのリンク先に粛々と入力してからふと気づいたが、私ってそもそもミャンマーに行きたかったのだろうか。 もう十年くらいアンコールワットかアルハンブラ宮殿に行きたいと思っているのに、それは叶わぬままで、とはいえ私はそれをそれほど叶えようともしていない。人生とは概ね来た風に乗ることだと思っているので、私は自分がしたいことをするということにそれほど興味がない。自分がしたいことなど所詮自分限りの、極めて矮小な個体が出した結論なのだから大して面白いはずもなく、そうした意味において、ミャンマー行きは意図せず吹いてきた風なのだから乗るしかないだろうと思っていた。 「お姉ちゃんって日本にいたって概ね熱中症になるかお腹を壊しているのに、何を好きこのんでそんな暑いところに行くわけ」という妹の言葉に一瞬我に返りそうになったが、自分が今日まで生き延びてきたのは、無駄に張った意地と度胸のよさという取り柄によってのみだと誇りを持っている私としては、ここで怯むわけにはいかない。「生きて帰ってきてね。緊急搬送とかお金かかるからちゃんと保険に入るのだよ」と薄情なのか面倒見がよいのかわからぬことを言う妹を脇目に、ゴールデンウィーク直前、日本を旅立った。 ヤンゴンの空港に降り立つとむわっとした熱さと湿度に、全身の毛穴が一ミリずつ大きくなったような錯覚がした。湧き出す汗が日本のそれとは全く違うことに、異国に着いたのだと教えられた。 渡航前にミャンマーのマイクロファイナンス機関で働く方と連絡をとり、可能であれば少しミャンマーのマイクロファイナンス事情を教えてもらえればとお伝えしていた。実際どの程度案内してもらえるかは現地に行ってみなければわからなかったが、一日がかりで某マイクロファイナンス機関の本店と支店を案内いただき、いくつかのセンターミーティングを視察し、実際にボロアーの女性たちやローンオフィサーをはじめとするマイクロファイナンス機関で働く職員の方たちと話すことができ、ここまですばらしい案内をしていただけたことに感激だった。 LIPメンバーは、普段はマイクロファイナンス機関の職員とメールでのやりとりが主だが、実際にマイクロファイナンスの現場を見ることは、それとは全く異なる体験だった。砂埃に晒された紙にビルマ語特有の丸まった文字で金額を書いていくマイクロファイナンス機関で働く職員、うちわで風をあおぎながら返済の順番を待つ女性たち。それはあまりにありありとした現場だった。 マイクロファイナンス機関で働く職員たちに「何故マイクロファイナンス機関で働いているのか?」と質問し、正直世のため人のため的な回答を期待していたが、「まともな仕事がないので選択の余地がなく」といった意見が多く驚いた。ある青年職員は以前政府の仕事をしていたが、辞めてマイクロファイナンス機関で働いていた。「賄賂ではなく正当な仕事の対価をもらって働きたい」という彼のまっすぐなまなざしに、そうだよな、私もあなたと同じ立場であれば同じ事を思うはずだと感じ入った。 それにしてもこの国は貧しい。軍事政権下にあったという政治的背景もあるが、産業らしい産業がなく、南北にのびる国土は場所によって気候の差が激しく、特に国の真ん中に位置するドライゾーンでは農作物も育たないらしい。 物乞いをする人もとても多かった。現地では高級スーパーであろう店では、とても流暢な日本語を話す少年が翡翠を売りつけようと客引きをしていた。あまりにきれいな日本語に、その能力をもっと他のことに使えればと教育の大切さを痛感した。また観光地でも流暢な英語を話す女性が案内をしてくれ、英語の流暢さから高等教育を受けていることは明らかだったが、聞いてみると大学を卒業しても仕事はなく、実家の露天で観光客へ土産を売る仕事を手伝っているようで、仕事があることの重要さに気づかされた。 旅の後半は、ヤンゴンからバガンに移動し、しばしの観光と休暇を楽しんだ。バガンには有名無名の仏塔(パゴダ)が並び立ち、2~3見られればよいと思っていたのに、やたらと段取りのよいタクシードライバーのおかげで20弱の仏塔を見ることができた。ちなみにミャンマーでは仏塔に入るときは裸足にならねばならず、平均気温35℃を超えるミャンマーで、特に赤煉瓦造りの道を裸足で歩くときは足の裏が火傷しそうなほど熱かった。白い大理石の道があると思わず安心をしたが、それでもやはり熱い。 バガンの日系資本のホテルでは、安全な水と涼しい冷房のおかげで、この旅の途中に何度か具合が悪くなった私もようやく寛ぐことができた。そういえば、私は今までの人生でリゾートという場所に行ったことがない。何故か気がとがめて行けなかったのだ。つまるところ通貨価値の差分で得る高級気分を味わうそれは、不正義に与するような気分がして、きっと私は寛げないであろうし、そうわかっているのだからリゾートなんぞに行くのはやめておこうと思っていた。 バガンで元気な友人は山に登りに行ってしまったが、案の定バガンでも体調を崩していた私はホテルの部屋で半日休み、大分回復したので昼下がりからホテル内のプールサイドで本を読んでいた。私の隣で庭師の男性が木を剪定していた。これだけ広大で美しい庭を維持するには、大層な人手がいるだろう。彼は私のことをどう思っているのだろう。日本から来た金持ちと世界の不平等に納得がいかないのか、それとも自分に仕事を与えお金を落としてくれるよき旅行客だと思っているのだろうか。私はこの国に生まれ、彼と立場を交換したとしても私になっただろうか? 私の思考と意志を持ち、本当に私になったのだろうか。頭をよぎり、そして止むことのない問い。だから嫌だったのだ。私がプール沿いのソファーに寝そべり、リゾート気分を味わうなんて、ろくなことを考えつくわけがない。嫌な予感は見事に的中した。 けれど私は今ここで、ミャンマーの灼熱の風に吹かれてしまった。むせ返るような熱風とこの赤茶けた乾いた大地。そしてこの土地で生きる、日に焼けて痩せた人たち。 私はミャンマーであの熱い風に吹かれてしまったわけで、吹かれてしまったからには、それ以前の自分には戻れない。これは帰国したらするのだなと思った。 一番の功労者は私をミャンマーに誘った友人だ。何故なら今までのほほんと生息していた私は、帰国後必死にミャンマーのマイクロファイナンスに取り組むことになるわけで、彼女はそこまで見越して私をミャンマーに誘ったのだろうか。そうだとすれば、恐るべし我が友である。

新年のご挨拶

新年初のご挨拶を差し上げます。いつもご支援くださり有難うございます。 昨年の10月28日でLiving in Peace設立から10年が経ちました。立ち上げた当初は右も左も分からない状態で前に進んできましたが、この10年をかけて社会人が持ち時間の一部を割きながら社会活動をするプラットフォームをつくることができたように思います。 私も今年の3月で理事長を退任し、今後は一会員としてLIP活動に関わることになります。新年の挨拶の場で、その背景についてお話をさせてください。 機会の平等の重要な構成要素は、金融アクセス(金融サービスを使うことができる)、情報アクセス(基礎教育が受けられ世界中の情報を入手できる)、信頼できる人へのアクセス(自分を無条件で受け入れてくれる人がいる)の三点だと私は考えています。機会の平等を少しでも拡大することは、私が人生をかけて取り組みたい仕事であり、一生をかけて社会をよりフェアな場所にしていきたいと考えています。 今は起業家としても全世界の金融アクセス解決に取り組んでいますが、ビジネスでは解決できない課題も数多くあります。社会において非営利活動の取り組みの重要性が下がることはなく、私はずっとこの活動に関わり続けるつもりです。 一方で、代表者が定期的に交代し続けるのが健全な組織のあり方であり、創業代表が変わっても発展していく組織を作ってこそ、社会はよりよい場所になると私は信じています。そして、設立10年を経てようやく代表交代が実現しました。 今年の4月からは代表理事2名体制に移行し、LIPはさらに強い組織になっていきます。 これからもLIPは機会の平等を通じた貧困削減のために全力で取り組んで参りますので、今後とも変わらぬご支援とご協力を宜しくお願い申し上げます。2018年が皆様にとっても素晴らしい一年となりますように。 慎 泰俊

PR三兄弟による年末放談!僕らがLIPに居る理由

男三人寄ればLIP万歳!? 広報グループのメンズが、2017年を振り返りつつLIPの魅力をちょっぴり真面目に語ります。 プロフィール: (右)コウヘイ ◆LIP歴8ヶ月。本業はSE。面倒見の良い兄貴肌の一方で、スイーツ男子という面も。ベッジュマン&バートンのルイボスティーを飲みながらイデミ・スギノのケーキを食べるのが至福の時間。 (中)カズヤ ◆LIP歴1年半。広報グループのリーダーでありながら、いじられ弟キャラ。ITコンサルタントとして忙しい日々を送り、今年の愛読書は『自分をいかして生きる』『問題解決の全体感』と勉強熱心。 (左)ヒロシ ◆LIP歴2年半。自由人な末っ子タイプ。本業ではタピオカや水道の経営戦略とクリエイティブを務め、LIPでは初の動画作成を実現。今年のベスト本3は『必死すぎるネコ』『「いい写真」はどうすれば撮れるのか?』『決算を読む習慣』 「すべての人にチャンスを!」の源はメンバーの青い炎 —人肌恋しくなる12月のとある週末。LIPが毎週末ミーティングを行うFingate近くのコウヘイ宅で、男子会を行うことに…… カズヤ:こんばんはー、差し入れにミカン持ってきたよ。やっぱり冬はこたつにミカンでしょ。 ヒロシ:僕はビール! 今日は飲む気満々。 コウヘイ:えー、僕、シャンパンとカカオサンパカのチョコレートの気分だったんだけどな。 カズヤ:野郎の飲み会だよ。そんなかっこよさいらないでしょ。 コウヘイ:いやいや、今日の飲み会の様子は広報を通じて”全国放送”されちゃうわけ。「LIPのマイクロファイナンスプロジェクトっていけてる!」ってアピールするためにもそこ、重要でしょ。 ヒロシ:ブランディングってことか。確かに大切。僕はLIPのシュッとしているというか、泥臭くなくクリーンなイメージを大切にしたい思っていてそれを動画を作るときにも考慮したのだけど、ふたりはどんな面をアピールしたい? (※動画はこちらからチェックできます https://youtu.be/KVi1HFjRwrM) カズヤ:僕もLIPメンバーの、暑苦しくなくてスマートな側面をアピールしたいかな。なんか赤より青い炎の人が多い気がする。 コウヘイ:ちなみに青い炎の方が温度高いよね(笑)。で、確かにものすごく熱いものを秘めてるのにそれを顔に出さないで淡々と業務をこなしている人が多い。今年開催した10周年記念のマイクロファイナンスフォーラムも、皆、ポーカーフェイスでソツなくこなしたよね。半年くらい前から準備した実は熱血なイベントだけど。 ヒロシ:フォーラムではメンバー全員がスーツを着てプロフェッショナル感を出すのがお決まりで、それも「ビジネスパーソンという本業をもっている」というブランディング。一方で、今年初めてチャレンジしたクラウドファンディングでは、子どもプロジェクトと一緒に取り組んだこともあって、社会貢献の楽しさとかメンバーの多様性をアピールしたかな。ひとつひとつの写真や、自己紹介の人選にも結構こだわった。 カズヤ:来年はWEBのリニューアルを考えていて、そのためにも再度ブランディングを練りたい。LIPは何を目指していてどんな組織で、なぜマイクロファイナンスなのかをもう一度問い直して、メンバーの向く方向を定義し直したい。 ヒロシ:団体のビジョンとミッションがあって、それをブランディングして多くの人に伝える。それは認知度向上にも確実につながるよね。「働きながら、社会を変える」というモデルを広めるためにも、「マイクロファイナンスと言えばLIP」と言われるためにも、広報グループはより頑張らなきゃだね。 チャレンジや刺激的な仲間との出会いがある コウヘイ:僕たち、今夜は珍しく真面目で熱過ぎない? ふたりの青い炎見えてるし。こたついらない(笑)。 カズヤ:でもね、正直、本業が忙しかったりしてLIPへのやる気ができない時期もあったんだ…。そんなときに、自分より後から入ったメンバーがものすごい成果物を出したりリーダーシップを発揮したりするのを見て、自分も見習わないとと素直に思った。LIPの課題は見つけたのに、それを解決せずに終えてしまってはダメだ、と。それがLIPに居る理由かな。 コウヘイ:流石にコンサルタントをしているだけあるね。つくづく思うけど、ほんと真面目で考えすぎるタイプだよね。 カズヤ:たまに生きるの、つらいっす…(笑) ヒロシ:がんばれー(笑)。僕はモチベーションとか何かをする理由とかあまり考えずに、何となく直感で動いて業務をすることが多いから、カズヤのそういう面は良い刺激になったりもする。LIPの楽しさって、やっぱり色々な人に出会えるところ。特に社会の問題を自分事化できる人とたくさん話せるのは、すごくうれしい。だからLIPを続けてしまう。 カズヤ:僕にとってのLIPの楽しさは、本業ではできないことにチャレンジできるところかな。たとえば、コンサルタントの立場ではプロジェクトのオーナーになることが難しいけれど、LIPでは立候補すればプロジェクトをリードできる。しかも、こういうLIPでの活動がクライアント目線で物事を考えることにつながって、結局、本業にも活きている気がしている。 コウヘイ:なるほどね。僕は正直、会社だけだと飽きるから(笑)LIPに居る面もある。とにかく悩むヒマがあったら手を動かせば?って日々思ってるから、引き続き黙々と手を動かし続けます。もっとLIP内のシステムを改善して、来年は業務の効率化を目指したい。 ヒロシ:コウヘイ兄さん、頼もしい! 有言実行の人だもんね。あ、今度仕事で女性に菓子折りを渡さなくちゃいけないので、おすすめのスイーツも教えて。 カズヤ:僕はデートに使えるバーとレストランを教えてほしい(笑) コウヘイ:もちろんっす!そろそろ赤い炎の話、始めますか。 —この後はご想像にお任せいたします。 こんなメンズたちと仲間になりたい方、活動に興味ある方、LIPでは随時メンバーを募集しております!ご興味ある方は、ぜひこちらからお申込みください。 http://mf.living-in-peace.org/page-931/joinus/   Illustration: Yu Kimura   Text: Kyoko Takahashi

国を追われた人々が直面する課題とは? ~金融包摂と難民問題~

世界中では多くの人が身の危険を理由に、自分の町を離れ、海や国境を越え、新しい土地での生活を余儀なくされている。2016年に紛争や迫害が原因で国内外に強制移動をせざるを得なかった人々の数は、過去70年のうちで最多となる6,560万人を記録した(UNHCR, 2016)。最近のニュースでは、迫害から逃れてミャンマーから隣国バングラデシュへ渡るロヒンギャ民族の人数が、50万人以上に達したことが報道されている(UN, 2017)。 金融包摂やマイクロファイナンスに関する話題は、途上国を中心とした貧困問題に焦点をあてて、取り上げられることが多い。しかし、他国に逃れた難民や紛争状況下に取り残された国内避難民も、適切な金融サービスへのアクセスが大きく制限されていることを忘れてはならない。例えば、人道的危機の影響を受けた国に暮らす人々は、影響を受けていない低所得国に住む人々と比較して、正規に登録された金融機関を利用して貯蓄を行う割合が約3分の1、融資へアクセスできる割合が約2分の1に留まると報告されている(CGAP, 2017)。 難民問題は日本にいると肌で感じることが少なく、実際に難民として生活する人々と接する機会もほとんどない。こうした人々は、どのような状況で生活しているかを知っているだろうか? 今回は、難民と金融包摂に焦点を当て、彼らがどのような財政状況下にあり、金融サービスにアクセスする上で、どんな課題に直面しているかを紹介する。   © MOAS   難民・避難民の経済・生活状況 国内外への退去を余儀なくされた人々は、以下の理由から限りなく脆弱で不安定な経済状況下に置かれる。 自己資産の紛失 まず、紛争や迫害、暴力等、緊急事態から逃れてきた場合、これまで所持していた現金、車、高価な家具や土地などの資産、銀行預金を残し、無一文で避難する場合が多い。ヨルダンへ逃れたシリア難民の中には、数日で帰国できることを信じて、家の鍵だけを持って逃れた人々もいる(Gurdian, 2017)。 ©Andrew McConnell/British Red Cross 既存金融サービスへのアクセスの制限 母国で使用していた銀行預金、送金、保険や融資などの公式な金融サービスに、一時的、もしくは長期的にアクセスできなくなる。クレジットカードや身元証明書類を持ち出してこなかった、もしくは紛失した場合、もともと使用していた口座へすぐにアクセスすることも制限される。  家族、親戚や身内、親しい友人との分離 新しい土地では、時に母国や自分の町で一緒に暮らしていた家族、親戚、親しい友人と、物理的に離れて暮らすことも多い。緊急時に財政面、生活面でこれまで頼っていた人とのつながりが弱くなり、社会的セーフティネットが非常に脆弱な状態になる。離れて暮らす知人への連絡手段や、国や地域をまたぐ送金手段がない場合、知人から生活資金を送ってもらうことも難しい。  社会保障の欠如 異国への退去を強いられた人は、母国で保障されていた基本的な医療や教育、保険サービスへのアクセスを失う。医療や保険に関していえば、難民キャンプや人口密度の高い避難先では、感染症の蔓延リスクが高い上、物理的な安全性が低い状況にもかかわらず、医療や保険へのアクセスが制限されていることを意味する。  不安定な収入と変動の激しい支出 収入や支出を予測することが難しい。難民の主な収入源は、一時的な労働から得た収入、家族や親戚からの不定期な送金、援助機関による不定期の補助金支給であり、不確実性が高い。支出に関しても、避難状況下における突然の病気や頻繁な国内外・キャンプ間の移動などが発生することから、変動が激しい状態になる。   2ページ目に続く…